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長崎地方裁判所佐世保支部 昭和38年(ヨ)9号 判決 1964年3月09日

申請人 宮本八代治

右訴訟代理人弁護士 横山茂樹

被申請人 エボシタクシー株式会社

右代表者代表取締役 船越吉雄

右訴訟代理人弁護士 本幡尊

主文

被申請人は申請人をその従業員として取扱い、且つ申請人に対し昭和三七年一〇月二六日以降本案判決確定の日に至るまで毎月二八日限り、一ヶ月につき金一六、四九六円の割合による金員を支払え。

申請費用は被申請人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

申請人は主文同旨の判決を求め、被申請人は「申請人の申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする。」との判決を求めた。

第二、申請の理由

一、被申請人はタクシー営業を事業目的とする会社で、申請人は昭和三五年一一月二一日被申請会社に雇用され、運転員(タクシー運転手)として勤務してきたところ、昭和三七年一〇月二六日被申請会社より解雇の意思表示(以下本件解雇と称す)を受けた。

しかして、右解雇の理由は、申請人に次の(一)乃至(三)の事由が存在し、これらの事実は被申請会社就業規則第三条に定められた従業員の遵守事項違反にあたり、且、同規則第九条第二号、第一〇条第六号の解雇事由に該当するというのである。

(一)  申請人の運転員としての水揚高が低く、勤務成績が不良である。

(二)  申請人は、被申請会社より営業部に配置換の業務命令を受けたに拘らずこれに服従しなかつた。

(三)  申請人は、自己がしている野菜小売販売業のために仕入れた野菜の運搬につき長期に亘り被申請会社所有の営業用自動車を不正に利用し、また右営業車を使用して新聞の集配等をなす等、被申請会社に対する背任行為をなした。

二、しかしながら被申請会社のなした右解雇は以下述べる理由によつて無効である。

(一)  被申請会社が本件解雇の理由とした前項(一)乃至(三)の事実は存在せず、仮に存在するとしても極めて軽微であるから、申請人には被申請会社就業規則に定める解雇事由がなかつたというべきであり、本件解雇は無効である。

(二)  被申請会社が本件解雇の理由として主張する事実は右のとおりであるが、それは単なる表面的な口実であつて、その決定的動機は申請人が活発な労働組合活動を行つたことを嫌悪し、申請人を企業外に放逐することを意図したことにあるから、本件解雇は労働組合法第七条第一、三号に違反して無効である。

すなわち、申請人はかつて昭和三一年七月三一日より被申請会社に運転員として勤務し、昭和三四年営業部員となり、昭和三五年営業部長にまで昇進したが、その頃被申請会社の劣悪な労働条件と封建的な労働管理の改善を企図し、自ら中核となつて労働組合の結成を準備していたところ、同年一〇月労働組合運動を嫌悪する被申請会社代表者によつて些細なことを理由に解雇されたのである。

しかし申請人の右解雇が契機となり、且つ申請人等の努力が実つて同年一〇月二〇日佐世保地区タクシー労働組合エボシ支部が結成され、それと共に申請人は同年一一月二一日被申請会社に再雇用され、その後昭和三六年四月エボシ支部支部長、昭和三七年六月同支部執行委員及び単位組合本部の佐世保地区タクシー労働組合(以下単に地区タク労と称す。)副委員長、更には同年九月長崎県タクシー労働組合協議会幹事に各選任される等して活発な組合活動を推進した。

その結果、エボシ支部は組合運動を通じて、これまで不明瞭であつた被申請会社の賃金体系を明確にさせたのをはじめ夏期及び年末一時金の増収、固定給の値上げ、拘束時間の短縮等幾多の労働条件の向上に多大な成果を上げたのである。

ところが被申請会社はかかる労働条件の飛躍的向上をもたらした申請人の活発な組合活動を嫌悪し、組合の組織を壊滅させることを企図し、一部の反組合的分子と結託してこれを援助し、昭和三七年九月頃エボシ支部の切崩しを行い、組合員三四名中二二名の組合員を右組合から脱退せしめた上、前述のような理由をもつて、組合の中核的存在である申請人を解雇したのである。

しかして申請人のタクシー水揚高が昭和三七年九月以前三、四ヶ月間に亘つて減少していたことはあるが、その理由は申請人が組合役員として組合の仕事に追われ、特に同年四月行われたストライキ終結後はその残務整理に忙殺され、あまつさえ心身の疲労から肋間神経痛にかかり、同年一〇月一日には妻の母が死亡する不幸が重つて十分運転業務に専従できなかつたからであつて、決してそれは会社に損害を与えもしくは職場秩序を乱す目的をもつた悪意によるものではなかつたのであるし、組合結成後被申請会社においては水揚の減少を理由に運転員が解雇された事例はないのである。

以上の事実により、本件解雇は申請人が労働組合の正当な行為をしたことを理由としてなされたこと及びこれにより前述エボシ支部の運営に支配介入を意図してなされたことが明らかであるから、右申請人に対する解雇は不当労働行為として無効である。

(三)  また、申請人に被申請会社主張のような就業規則違反の事実があつたとしても、本件解雇は解雇権の濫用であり無効である。

すなわち、被申請会社主張の水揚高の減少の原因は前述のとおりである上、申請人は昭和三七年九月頃からは組合業務が一段落し健康も回復したので、本来の運転業務に専念し水揚高も増収しつつあつたのであるから、本件解雇当時既に右瑕疵は治癒されていたのであり、野菜運搬の事実についても、申請人は乗客の殆どない早朝時に、市場より仕入れた野菜をタクシー前部のトランクに積み自宅まで運搬したことが数回あつたに過ぎず、その所要時間、その方法から営業に支障を来すものではなく、従来被申請会社としても運転員によるこの程度の私用は黙認していたのであり、業務命令拒否、新聞集配の事実などは全くないし、また、右のような点についても被申請会社は申請人に対し、何ら事前に注意警告することもなかつたのである。

しかして、本件解雇は被申請会社において、申請人に対し何ら弁解の機会を与えることもなく、一方的に突如としてなしたものであり、使用者と被使用者間の継続的法律関係を支配する信義誠実の原則に反し、権利濫用の処分であつて無効というべきである。

三、以上の通り本件解雇は無効であつて、申請人は依然被申請会社の従業員たる地位を有するに拘らず、被申請会社はこれを否定し、本件解雇通告をなした昭和三七年一〇月二六日以後申請人を従業員として取扱わず、且つ従来申請人に対し同日からさかのぼつて三ヶ月間毎月二八日限り平均一六四九六円の賃金を支払つて来たのに同日以降はその支給をしないので、申請人は被申請会社に対し従業員地位確認及び賃金支払請求の本案訴訟を提起すべく準備中であるが、申請人は家族七人を擁し、もつぱら被申請会社より支給される賃金で生計を維持しており、本案判決の確定をまつては回復し難い重大な損害を蒙るおそれがある。よつて、被申請会社に対し本案判決確定の日まで仮りに従業員として取扱い、且つ昭和三七年一〇月二六日以降右確定の日まで毎月二八日限り一ヶ月につき金一六四九六円の割合による賃金の仮払いを求める。

第三、申請の理由に対する答弁及び主張

一、申請人主張の事実のうち、一項は全て認める。二項のうち、申請人雇用の外形的経過、エボシ支部が申請人主張の頃結成され申請人がその組合員であり、その組合においてその主張のような役職についたこと及びエボシ支部から脱退者が続出したことは認めるがその余の事実は否認する。

被申請会社は、次の二項において述べる理由にもとづいて申請人を解雇したのであつて、申請人の組合活動を嫌悪したり、エボシ支部に介入したりしたことはなく、従つて右解雇が申請人が労働組合の正当な行為をしたことを理由としてなされたものでないことが明らかであり、また被申請会社は申請人の勤務成績不良につきその反省を促す再三の機会を与え、長期に亘つてその更生を期待し、陰忍自重して来たのであるが、一向に反省の色が現われず、ついに本件解雇に踏切つたものであるから、権利の濫用ではない。

二、被申請会社は申請人に次の(一)乃至(四)の事由が存在したので、これが就業規則第一〇条第六号及び第九条第二号に該当するものとして昭和三七年一〇月二六日労働基準法第二〇条に定める予告手当金一六、四九六円を提供して解雇したものである。ところが、申請人は右金員を一旦受領しながら、これを被申請会社総務部長河野忠重に一時預け、そのまま受取りに来ないので、同年一二月六日長崎地方法務局佐世保支局にこれを供託した。

(一)  申請人は従来から運転員として著しく成績不良であつたため営業部員に配置換などをしたが、昭和三五年一一月再雇用後は再び運転員として勤務させていたところ、依然としてタクシーの水揚高が他の運転員に比べて極めて低く、何らの反省を示さず、向上の見込がなかつた。被申請会社は申請人の水揚高では企業の採算が立たず、事業の運営に多大な支障を及ぼす。

(二)  被申請会社は申請人が右のように成績不良であつたため、同人に対し再び営業部に配置換を命じたところ、申請人はこれを拒否した。

(三)  被申請会社が昭和三七年九月末頃申請人の右非能率の原因を調査したところ、申請人は運転員であることを奇貨として、申請人自身が自家営業としている野菜等小売のため被申請会社の営業車を長期に亘つて無断で私用に供していたことが判明した。もとより、右個人私用について料金の納入がなく、被申請会社に対する背任行為は明らかである。

(四)  申請人は又早朝より新聞の集配等にも被申請会社の営業車を無断で利用していたのであり、申請人の営業車不正使用は目にあまるものがある。

三、かりに被保全権利が疏明されたとしても、申請人は自宅において自己の営業として野菜等の小売をしているのであるから、差迫つて生活に困窮するいわれがなく、本案判決確定まで待つとしても著しい損害を蒙るおそれがない。よつて保全の必要がないものと言うべきである。

四、当事者双方の援用する疏明≪省略≫

理由

一、申請人が昭和三五年一一月二一日タクシー業を営む被申請会社に雇用され、運転員として勤務していたところ、昭和三七年一〇月二六日本件解雇の意思表示を受けたことは当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫によると右解雇に際しては被申請会社より申請人に対し、同人の過去三ヶ月の賃金を平均した一ヶ月分の賃金額金一六、四九六円を提供したが、申請人が右金員の受領を拒否したので被申請会社は同年一二月六日右金額を弁済供託したことが疏明される。

しかして、≪証拠省略≫によると、被申請会社はその就業規則において、従業員の解雇につき法定の事項以外の制限を定めていることが疏明されるから、本件解雇につき右就業規則に定める解雇事由が存したか否かにつき検討することとする。

被申請会社は本件解雇理由として(一)勤務成績不良、(二)業務命令拒否、(三)野菜運搬、(四)新聞集配を主張するところ、右事実の存否の判断は次の通りである。

(一)  ≪証拠省略≫によれば、申請人の昭和三七年六月から一〇月までの月額タクシー水揚高は平均して五六、〇〇〇円前後であり、全運転員の平均水揚高より二〇、〇〇〇円前後低く、その順位は運転員約三〇名中殆ど最下位を低迷していたことが疏明される。(六月は最下位より四番目、七月は三番目、八、九月は最下位、一〇月は五番目。)

(二)  被申請会社代表者船越吉雄本人尋問の結果によれば、同人は昭和三七年九月頃申請人に対し「どうねあんた営業の方に戻らんかね。」と言つたところ、申請人は「このままの方がよかですよ。」と答えたことが認められるが、右はその場の状況からして単に申請人の意思を打診したに過ぎないものと解するのが相当であるから、申請人の右返事が直ちに被申請会社の業務命令を拒否したことには当らないと言うべきである。

(三)  ≪証拠省略≫によれば、申請人の家族が昭和三六年一〇月頃より申請人宅において野菜等の小売販売をしているところ、申請人は昭和三七年四月頃より早朝青果市場より仕入れた野菜を自宅に運ぶため被申請会社の営業車を無断で使用していたことが疏明される。

(四)  申請人が営業車を利用して新聞集配をなした事実を疏明するに足る証拠はない。

ところで、前叙就業規則第一〇条は被申請会社が従業員を即時解雇し得べき場合を列挙して定め、同第九条は予告解雇をし得べき場合を定めておるところ、本件解雇は前認定のとおり被申請会社において申請人に対しいわゆる予告手当を提供してなされたものであるから、右第九条に定められた制限内においてなされたものであれば足りると解される。

しかして、右(一)に認定の事実によると、申請人は非能率であつて被申請会社の企業としての生産性向上に積極的に寄与していないものと言えるし、(五)に認定の事実は職場の秩序規律を乱すものということができるから、少なくとも右就業規則第九条によつて予告解雇をなし得べき事由が存在したと解するのが相当である。

三、次に申請人は本件解雇は不当労働行為であるから無効であると主張するので、以下検討する。

≪証拠省略≫を綜合すれば次の(一)乃至(四)の事実が疏明される。

(一)  被申請会社は四〇名余の運転員を有する佐世保市内では中規模経営の会社であるが、昭和三四、五年頃被申請会社の賃金体系はその計算方法を公表しないため極めて不明確であつた上、固定給が低く歩合給が主体になつていたことから、運転員の生活の不安定をまねき、連勤一箇月二〇日勤務制が慣例となつていた。

(二)  申請人はかつて昭和三一年七月一日より被申請会社に雇用され、運転員として勤務し、昭和三四年営業部員となり、昭和三五年営業部長に昇進していたところ、昭和三四年暮頃から被申請会社運転員の間で労働条件を改善することを目的として労働組合を結成する気運が高まり、申請人は右組合結成に終始積極的に協力し、その主導者の一人であつた。

(三)  ところが、申請人は昭和三五年九月下旬当時タクシー業者より敵視されていた白タクをたまたま利用したことがあつて、これを理由に同年一〇月一旦解雇されたが、これが直接の契機となつて同月二〇日被申請会社運転員が三五、六名の組合員を擁するエボシ支部を結成し、地区タク労に加盟したのであり、これと共に右組合及び地域団体の斡旋により申請人は同年一一月二一日被申請会社に運転員として再雇用されるに至つた。

(四)  申請人は昭和三六年四月エボシ支部支部長、昭和三七年六月同支部執行委員及び地区タク労副委員長となり、地区タク労の上部団体加盟と共に同年九月長崎県タクシー労働組合協議会幹事に選任され、申請人は右組合運動を通じて被申請会社に対する固定給の大巾な引上げ、拘束時間の短縮、休憩時間の創設、夏期及び年末一時金の増額等の向上改善に尽力し、特に昭和三七年四月地区タク労が行つた統一労働争議には行動隊長として一ヶ月間に亘るストライキを主導し、常に中核となつて活発な組合活動を推進した。

(五)  昭和三七年四月地区タク労は統一要求を掲げてストライキを行い、その結果被申請会社を含めた使用者との間に固定給一、五〇〇円の値上げ、歩合率の引上げ及び従来の連勤制を改めた隔日勤一箇月一四日勤務制の統一協定を締結するに至つたところエボシ支部組合員の一部には一箇月に一四日間しか働かない隔日勤制では一箇月に二〇日間働く連勤制に比べて一箇月間の水揚高の絶対量に差がつくこととなり、従つて歩合率が高率になつたといつても歩合給の減収をまねく者があつて、これがために不満を持ち、被申請会社が右歩合率による連勤制を認めなかつたことから右協定前の低い旧歩合率を適用されてでも連勤することを希望した。ところが、申請人はこれに強く反対したので、右組合員と確執することとなり、同年九月頃より組合員の意見は分裂し、これに歩調を合わせて一部脱退者の組合切崩しが行われ、本件解雇当時全組合員三五、六名中僅か五、六名を残して全員脱退し、エボシ支部は事実上壊滅していた。

しかして、被申請会社が本件解雇の事由としたのは、二項に認定したとおりの事実であり、申請人の非能率がたとえ組合活動に基因するとしてもそれが企業の生産性に全く貢献しない不良労働力であるならば営利企業の本質からして経営の損失を避けるためにこれを排除することが許されない理由がないし、被申請会社代表者が格別反組合的な言動を示したとか、エボシ支部の切崩しに加担し又は申請人を本件解雇以前差別待遇したとする事実は疏明されない上、前叙事実によると既に本件解雇前に組合は事実上崩壊し、その原因は組合員が被申請会社の意思に動かされこれに迎合したものでなく、申請人の組合運動の方針に従つて行けなかつたことにあり、本件解雇当時申請人の組合に対する影響力は著しく弱まつていたものと解せられるから本件解雇が申請人の過去における組合活動を嫌悪し、申請人の将来の組合再建を未然に阻止する意図に基くものと推認することは困難と言わねばならず、他にこれを認めるに足りる疏明もない。

よつて、申請人の本件解雇が不当労働行為に該当して無効であるとの主張は採用することができない。

四、次に申請人は本件解雇が不当労働行為でないとしても、解雇権の濫用であるから無効であると主張するので、以下に検討する。

(一)  前顕証拠によれば、申請人がかつて昭和三一年七月より運転員として勤務していたころのタクシー水揚高は全員の平均程度であり、昭和三五年一一月再雇用されてから組合役職に付くまでは平均以上の水揚を上げて好成績をおさめていたこと、ところが昭和三六年四月組合の役職につくようになつてからはしばしば組合業務のために勤務時間を裂かねばならず、特に昭和三七年五月以降は前叙ストライキの事後処理に追われ、大村タクシーの労働争議の支援、長崎県タクシー労働組合協議会結成準備等に奔走するなどして多忙を極めたこと、(≪証拠の認否省略≫)更に≪証拠省略≫を照合すると申請人は昭和三七年七月頃より身心の疲労が重なつて全身に倦怠感を覚えるようになり、同年八月九日以降肋間神経痛と診断されて佐世保同仁会医院に通院加療していたことが各疏明される。

そうであれば、申請人の同年六月以降の水揚低下の原因は申請人が組合業務に傾注し、多忙であつたことと、その後健康がすぐれなかつたことが重つたことによるものと認めるのが相当である。

≪証拠の認否省略≫

(二)  同じく前顕証拠によれば、申請人の昭和三七年六月より一〇月までの水揚高は平均して五六、〇〇〇円前後であるところ、右期間中五〇、〇〇〇円台の水揚高しかない運転員の数も少なくなかつたばかりでなく、佐世保市内のタクシーは米軍人による利用がその大半を占めるためベースタクシー(米軍基地内に出入を許される営業車)に乗るのと乗らないのとでは運転員の一箇月の平均水揚高に二〇、〇〇〇円前後の差を生ずるが、申請人はベースタクシーには乗つていないこと、≪証拠省略≫によると被申請会社がその営業収支を償うためには一ヶ月一車当り最低七五、〇〇〇円以上の水揚高を収めなければならないとしているが、右はベースタクシーとそうでないタクシーとを区別していないし、ベースタクシーに乗らない運転員で右期間中七五、〇〇〇円以上の水揚を上げている者は数多くないこと、申請人の九月及び一〇月の各水揚高はそれ以前の月にくらべて上昇しており、漸次向上しつつあることが各疏明されるから、七五、〇〇〇円が被申請人主張の損益分岐点であるか、否かを別としても、申請人の右期間を通じての水揚高はベースタクシーに乗らない他の運転員と対比して必ずしも極度に著しく低劣であつたと解することはできない。

(三)  前顕証拠中特に申請人本人尋問の結果によれば申請人は本件解雇通告の際被申請会社社長より「あんたは水揚が非常に少ない。組合の幹部でもあり、あんたのような指導力のある者がそのようでは他の従業員に影響する。」と言われたこと、申請人はこれに対し「水揚の少なかつたことは申訳ないと思つているが、組合の仕事も一段落し健康も回復したので、これからは気張つて水揚を上げるから。」と本件解雇の撤回を求めたが聞き入れられなかつたこと、しかし本件解雇通告以前において申請人は水揚低下について事前に注意勧告を受けたこともなく、その理由の弁明を求められたこともなかつたこと、しかも、組合結成後これまで水揚低下を理由に解雇された者はきわめて稀であり、少なくとも事前の注意勧告がなされていたことが疏明される。

一般に使用者は法律又は就業規則等に抵触しない限り自由に被使用者を解雇することができるが、一方企業の公共性と被使用者の生存権の保障の要請に基きその解雇は恣意的又は専断的濫用にわたらないよう内在的制約を受けるものと解すべきところ、以上の通りたとえ組合業務のためであつたにしても、申請人の水揚高低下が正当化されるものではあり得ないが、それはことさら会社に損害を与える目的や職場の秩序を乱す反企業的悪意に基因したものではなく、その水揚低下の程度は他の運転員に比べて必ずしも極度に著しくはなかつた上に、その期間は三、四箇月間の短期間に過ぎないこと、しかも被申請会社代表者本人尋問の結果によれば申請人は遅刻、無断欠勤などがなく性格がまじめで怠慢なところがなかつたと認められること、申請人の水揚高は漸次上昇の兆候を示しており、改善向上の見込が十分期待し得ること、それにも拘らず事前の注意警告もなく弁明の機会を与えずに突如として解雇したことなどを綜合勘案すれば本件程度の一時的水揚低下を理由に解雇することはまさに社会観念上認められる正当な解雇権の行使の範囲を逸脱した権利の濫用であると言わねばならない。

(五)  ≪証拠省略≫によれば、申請人が野菜運搬をしたのは午前六時頃である上、その所要時間は三〇分前後であり、その回数は月に平均して四、五回程度であつたこと、従つて野菜運搬が水揚低下にいささかも影響していないとは言い切れないにしても、それが決定的且つ重大な原因にはなつていないと認められること、運転員は所謂勤務時間の特殊性から所定の休憩時間を任意にとつたり又これを就業時間に振替えることも許されており、市中を走行して随時随所で乗客を拾つて運送する勤務形態から、就業時間中でも暇な時は自己の私用を足したり、又そのために自己の運転する営業車を使うこともそれが一時的且つ軽微である限りある程度大目に見られていたこと、現に他の運転員が自家営業のために仕入商品を営業車で運搬していた事実が判明したが、被申請会社はその者に対し何ら特別な措置を講じていないこと、申請人が野菜運搬をしていることは当初から一部の運転員の間には知られていたが、それが本件解雇に至るまで格別問題にされていなかつたことが各疏明されることからすれば申請人の野菜運搬の如き行為は運転員間においてはそれほど著しい不都合な行為として意識されていなかつたことが認められる。

そうすると、申請人に対してはかくの如き行為をしないよう将来を戒めれば足り、更に進んで解雇処分に付するに値するほどの非行ではなかつたと解するのが相当である。

五、以上被申請人主張の理由をもつて申請人を解雇することはいずれも法律上許されず、本件解雇は無効であるから、申請人と被申請人間の雇用契約に基く法律関係は本件解雇の意思表示によつて何らの影響を蒙ることなく依然として存続しているものと言わねばならない。

六、それにも拘らず、被申請人は本件解雇の意思表示をした昭和三七年一〇月二六日以後申請人を従業員として取扱わず、且つ同日以降賃金の支払いを拒んでいることは弁論の全趣旨によつて明らかであるところ、申請人本人尋問の結果によると申請人の家族が自家営業として野菜等の小売販売をし、申請人がこれを手伝つているが、右は内職程度のものに過ぎず、申請人家族七人の生計はもつぱら被申請会社から支給される申請人の賃金に依存していることが疏明され、これによれば本案判決の確定を待つていては回復し難い著しい損害を蒙るおそれがあるものと言うべく、本件解雇当時の申請人の一箇月分の平均賃金が金一六、四九六円であつて、その支払日が毎月二八日であることは被申請人が明らかに争わないからこれを自白したものと看做すべきであるから、申請人の本件仮処分申請の理由は地位保全及び金員仮払請求の点において共に疏明されたことになる。よつて、保証を立てしめずしてこれを全部認容することにし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 海老原霞一 裁判官 三代英昭 大隈乙郎)

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